─ミステリコミックと私─

於:京都女子大学公開講座 1999年10月9日
 こんにちわ。野間美由紀です。少女漫画の形でミステリを描いて、そろそろ15年になります。今回は『ミステリコミックと私』というタイトルでお話をさせていただくことになりましたので、どうぞよろしくお願いいたします。

 さて、ミステリコミックというジャンルが発生したのはいつ頃のことでしょうか。このジャンル、かなり新しいものという印象をお持ちの方が多いのではないかと思いますが、実は、少女漫画がジャンルとして成熟した頃から、ミステリの手法は取り入れられていたのです。もちろん、サスペンスやホラーという分かり易い形でも使われていますが、30年ほど昔に流行した無国籍恋愛ものでも、ミステリと呼べる作品は数多くあります。
 一例を挙げると、「貧しい少女が何かの懸賞に当選して休暇を豪華なリゾート地で過ごすことになったが、そこで身分不相応な青年と出会って恋に落ちる。しかし自分の正体をうち明けることが出来ずに悩んでいると、実はその青年も彼女と同じ様な立場だったことが判明し、ハッピーエンド」といったような話です。この話を今私が描いたら、立派にミステリ漫画として認識されることでしょう。しかし当時はもちろん普通の恋愛ものとして扱われていました。

 では、少女漫画で「これはミステリだ!」と認知された作品は何なのでしょう。私の記憶では、和田慎二さんが昭和48年別冊マーガレット8月号に発表した『愛と死の砂時計』が最初なのではないかと思っています。これは和田さん自信が後にエッセイの中で言及していることですが、この作品はコーネル・ウールリッチの『幻の女』という作品を下敷きに描かれています。つまり、海外のミステリ作品の定番を少女漫画にリライトした、という形になっているわけです。それ以降、和田さんは意識的にミステリテイストの入った作品を描き、本格ものの傑作『オレンジは血の匂い』(昭和49年)などを経て、やがて『スケバン刑事』の誕生に至っています。
 一方、当時の別冊マーガレットで和田さんのライバル的存在であった美内すずえさんは、ホラーの味付けをした作品を立て続けに発表して人気を博していました。その後、昭和48年には南の島に生まれた一人の少女が、ナポレオンなども巻き込んで島の女王になっていく大河ドラマ『はるかなる風と光』という名作を書き上げています。これも、冒険ものという意味で広義のミステリと捉えることが出来るでしょう。また、昭和50年、51年には『エリカ風の中を行く』『エリカ赤いつむじ風』というコンゲームの傑作も発表しています。こうしてみると、昭和48年から50年にかけて、というのは、ミステリコミックの第一期成熟期だったのかも知れません。

 このように、少女漫画ではミステリを受け入れる下地が十分に出来上がっていました。しかし、その後ミステリは受難の時を迎えます。それは『乙女チックラブコメディ』の流行です。日常生活のなかで、どこにでもいそうな少女が素敵な先輩に恋をし、最終的に「そのままの君が好きだよ」というラストに持ち込む、という形がそれです。この形式に於いては、少女は決して賢くあってはならず、また行動力もあってはいけないことになっています。常に「私なんかダメだわ」というコンプレックスの描写がメインになっているわけですね。これは、常にヒロインでなければならないミステリコミックの主人公の少女とは対極であり、乙女チックが主流になっている時代にそういう主人公を描くことは許されませんでした。
 実は私はその時代の最後に漫画家としてデビューしたわけですが、もちろん「ミステリ漫画を描きたい」という希望が叶えられるわけはありません。ニーズあっての漫画家ですから、とりあえず私も普通の学園ものを描いていましたが、根底には「いつかミステリ漫画を」という気持ちが常にありました。

 やがて乙女チックの時代も終わり、漫画が多様化していく中で、思い切って『パズルゲーム★はいすくーる』の第一話を描いてみたところ、これが意外なほどの反響があり現在に至っているわけですが、「少女漫画でミステリを描くなんて珍しいですね」という評価を受ける中、「元々あったジャンルなのに」という思いは常にあったのです。  私が『パズルゲーム★はいすくーる』をスタートさせたときは、小説の方でも新本格と呼ばれる作家さんがどんどんデビューしていた時期であり、タイミングが良かったと言うこともあるかも知れません。しかし、確かに『悲劇のヒロイン』ではなく、意図的に事件に巻き込まれたり依頼を受けたりして問題を解決していく主人公というのは、久しく忘れられていた新鮮な存在であったと思っています。

 実は、私がこのジャンルを作り上げていく課程には、個人的な事情もあります。先ほどお話ししたように、私は時代のニーズに則って学園ラブコメディを描いていたわけですが、やはり無理があったのか、ある程度以上の人気を得ることは出来ませんでした。編集さんから見ると、私の描く主人公は恋をしていないらしいのです。話を展開させるためのエピソードを作っても、それを頭で解決して行動してしまうので、恋愛の持つ不安定さや揺れる乙女心が描けていなかったようなのです。「野間さんの漫画は感情の掘り下げが浅いんじゃないか」とまで言われてしまいました。
 感情の掘り下げとは、主人公の恋心をどこまで表現できるか、ということです。これが甘いと恋愛ものには致命的です。つまり、今後漫画家として生き残っていくためにはその課題をクリアしなければならなかったのです。しかし、感情表現などというのは完全に作者のセンスの問題なので、勉強してどうにかなるものではありません。「頭で考えたストーリーだ」などと言われても、実際に頭で考えているのだからしょうがないじゃないか、というのが本音でした。

 そこで私が採った方法は、掘り下げが浅いのなら、穴の周りに柵を作ってしまったらどうだろう、ということです。この話は以前にインタビューでもしましたし、ジュエリーコネクションシリーズの解説にも新保博久さんがお書きになっているのでご存じの方もいるかも知れませんが、分かり易いたとえ話なのでお話しします。
 穴、というのは主人公の感情の深さです。そして、読者が求めているのが仮に3mの穴だとします。ところが私には、1mしか掘ることができないわけなんですね。それだと読者が満足しない。そこで、穴の周りにミステリという柵を作ることにしたのです。
 例えば、仲の良い幼なじみの男の子に好感を持っている少女の前に、大人の雰囲気を漂わせた男性が登場し、そちらに恋をします。しかし、その彼には失恋し、今までずっと身近で見守ってきてくれた幼なじみの彼の魅力を再確認し、元の鞘に収まってハッピーエンド。という話を描くとします。この話を私がそのまま描くと、展開が見え見えのありきたりな話になってしまうわけですが、そこにミステリの味付けを加えるとどうでしょう。
 幼なじみの彼の設定はそのままですが、彼女の前に表れた大人の男性が、実は彼女の家に伝わる名画を狙う犯罪者だったとしたら? あるいは、彼女のお父さんが勤める会社の企業秘密を狙っている産業スパイでもかまいません。彼はその目的のために甘い言葉で彼女に近づいてきます。当然その魅力に負けそうになるのですが、そいつを怪しいと気づいた幼なじみが彼女を危険から守り、狙われた名画あるいは企業秘密は無事。自分を助けてくれた幼なじみの彼は、とても頼もしく見えてくるわけです。つまり、この名画を狙ったりする部分が『柵』になるわけです。心理描写が苦手な分、ストーリー自体を複雑に構成することによって、感情の穴の周りに2mの柵を作ることが出来るわけです。実際には穴の深さは1mなのですが、読者が穴を覗くには、2mの柵をよじ登らなければならないわけです。すると、柵の分の高さがあるために、穴の深さは3mに見え、読者はそこで主人公の感情が十分に掘り下げられていると誤認してくれるわけなのです。
 この方法は効果がありました。「ストーリー作りが苦手」だと思われていた私は、いつの間にか「ストーリーが売り」の漫画家になっていたのです。
 しかしこの方法には落とし穴があり、いわゆるフレンチミステリと呼ばれる心理サスペンスなどには応用が利きません。そりゃそうでしょう。感情の掘り下げがが苦手なのをカバーするために生み出した方法なのですから、心理描写が命のサスペンスに使えるわけがないのです。従って、私はサスペンスは苦手です。

 さて、「話作りが上手だ」と言われるようになった私ですが、よく聞かれる質問に「どんなときにストーリーを思いつくのですか?」というのがあります。実は、それほどスラスラと話が作れるはずもなく、毎回四苦八苦して絞り出している状況なのですが、作っていく課程を具体的に説明してみるのも面白いかと思い、実例を挙げてお話ししてみようと思います。(原稿展示)これは『パズルゲーム★プロフェッショナル』の一話ですが、話の小道具として万華鏡と観覧車が登場しています。
 実は、万華鏡を使うことになったのは、私自身が万華鏡の魅力にとりつかれてしまったからなのですが、お金をかけて集めたので、投資した分くらいは回収しようと思い、題材として描いてみることにしました。
 せっかく万華鏡が出てくるので、ゲストキャラは万華鏡作家にしようというところまではすぐに決まりました。でも、問題はその作家がどうやって事件に絡んでいくのかです。
 話の手がかりをつかむために、実際に万華鏡作家の方にお会いして話を伺ったのですが、その時点でもまだアイディアは出ていませんでした。でも、その方とお会いして食事をした後に、タクシーで自宅まで帰ったのですが、途中でレインボーブリッジを渡るんです。関西地方の方にはなじみがないかもしれませんが、レインボーブリッジはお台場の横を通ります。フジテレビの本社ビルがあるところですね。そして、この話を考えている少し前に、お台場には国内最大の観覧車が完成したところでした。
 レインボーブリッジからは、その観覧車がよく見えます。そしてこの観覧車の特徴は刻一刻と色が変化することなんです。
 タクシーの窓から「あ、ちょうど観覧車が見られるな」と楽しみにしていたのですが、目の前にそれが表れると、なんだか最近見たばかりのものに似ているような気がしてきました。そうなんです。色が変わる観覧車は、万華鏡の中の映像にとてもよく似ているんですよね。

 実は万華鏡にはツーミラーとスリーミラーという代表的な二つのタイプがあります。みなさんがご存じのはスリーミラーの方だと思うのですが、これは中を覗いたときに三角形の画像が連続して視界一杯に広がるものなんですね。でも、ツーミラーの方は文字通り二枚の鏡を内蔵しているので、映し出される絵が細い二等辺三角形の頂点を中心に回転し、丸く見えるものなんです。それが観覧車にとても似ているんです。(万華鏡画像展示)【補足】Photo Galleryのページに万華鏡の写真があります。
 新しくできたばかりの話題のスポットにある観覧車と万華鏡。この二つの類似はもう、「漫画に描くしかない!」という感じでした。こうして小道具が二つ決まったわけですが、次にその二つがどう関連してくるのかを考えなくてはなりません。
 万華鏡作家を登場させることも決まっているので、やはりこれはラストでその人が観覧車をモチーフにした万華鏡を作るところで終わるのが綺麗だろうと思いました。すると、観覧車の見える位置に建っているマンションの窓から、じっとそれを見ている万華鏡作家のイメージが膨らんできます。さて、では彼はそれを見て何を感じているのか。「自分もあんな風に美しい万華鏡を作りたい」と考えるでしょうか? いいえ、万華鏡の美しさは観覧車をしのぐものですから、そう考えるとは思えません。むしろ、万華鏡を作る仕事でイヤなことがあって、そのことを忘れたいのに窓から見える観覧車がそうさせてくれない、という方が自然でしょう。
 そこまで決まると、話はどんどん出来ていきます。万華鏡を作ることがイヤになった作家ですから、当然何か仕事上で事件があったに決まっています。創作をしたくなくなるほどの事件というと、自分の作った万華鏡の為に、誰かに迷惑をかけてしまった、という展開を思いつきます。万華鏡は壊れ物なので、展示会などでも気を使うでしょうから、子どもが奪い合いになって壊れ、怪我をさせてしまった、というエピソードを考えました。彼はそれを気に病んで、万華鏡を作ることをやめてしまったわけです。
 でも、もし彼がお台場の観覧車が見える部屋に最初から住んでいたとしたら、そこから逃げるわけにもいかず、話も展開しませんよね? なので、彼は自宅を出てその部屋に居候している、という話にしてみました。居候なのですから、当然その部屋には持ち主がいます。ここで、「少女漫画の基本は恋愛」という大原則を持ち出し、部屋の持ち主と万華鏡作家に恋愛関係を発生させることにしました。事故から逃げている万華鏡作家ですから、当然自分の職業については語りたくないでしょう。部屋の持ち主である女性に自分の素性は開かせません。ここに、『パズルゲーム★プロフェッショナル』の主人公たちが関わる謎が発生します。 つまり、その女性からの依頼で彼の素性を探る、という命題が与えられる訳です。
 素性を知りたいと思っている以上、話の中の「現在」では、彼は行方不明の方がいいですよね。いなくなってしまった彼を捜したいので素性を探って欲しい、という依頼を受けて主人公が動きます。そして、手がかりになる小道具が、彼の作った万華鏡、というわけです。
 この話では、部屋の持ち主である女性から、行方不明の彼の捜索を依頼されるところから始まり、残して行った万華鏡を辿って専門店に行き着き、そこで事故のことを聞きます。そして、依頼人の女性の部屋へ行ってみて、万華鏡と観覧車の類似に気づくわけです。事故のことと観覧車を結びつけて、「観覧車を見ていることに耐えられなくなって、彼は部屋を出ていった」という理由に思い当たり、都合よく怪我が治った子どもにも出会え、自宅に戻っている彼にその話をします。そして彼は彼女のために観覧車をモチーフにした万華鏡を作ってハッピーエンド、というわけです。
 こんな感じで毎回話を作っているわけですが、重要なポイントは、「謎は何なのか」ということです。私の漫画には、あまり物理的なトリックは出てきませんが、すでに起こってしまった出来事から派生した事象を考えていくことによって推理を展開していくことが多いようです。

 さて、このように私が漫画のストーリーを作っていく課程をお話ししましたが、もちろんこうやって綺麗にまとまることばかりではありません。毎回〆切のギリギリまで内容が固まらずに七転八倒する事の方が多いくらいです。それでも、何を見てもどこへ行っても常に「これはネタにならないだろうか」と考える癖がついてしまっているので、例えば三題噺などはちょっと得意になりました。
 ちょっと試しにやってみることにしましょうか。みなさんの中からお題を募集して話を作ってみましょう。何でもいいですから、何か単語を仰って下さい。

お題 花束
   ヨードチンキの瓶
   ホットケーキ
 ある喫茶店で女の子がアルバイトをしていました。そこの自慢はホットケーキで、毎日お昼ご飯にそれを食べに来る男性がいました。
 彼女はその人の事が好きだったのですが、なかなかきちんと話をするチャンスがありません。でも、ある冬の日に、店の前で凍り付いた水たまりに足を取られ、彼が転んでしまったのです。
 「大丈夫ですか?」彼女が見ると、彼は手をついた弾みに怪我をしていました。急いで店に戻って救急箱を出し、ヨードチンキで手当をしてあげました。
 そのことがきっかけで二人は急速に親しくなり、次の春の日、彼は花束を持って彼女に正式な交際を申し込んだのです。

お題 携帯電話
   ネコ
   イヤリング
 あるところに一人暮らしの男の子がいました。彼は一匹の捨て猫を拾います。彼女もいず、淋しかった彼は、そのネコをとても可愛がりました。
 ある日彼は、ネコが何か光るものにじゃれて遊んでいるのに気づきました。よく見てみると、それは片方だけのイヤリングです。彼にとってはもちろん興味のないものではありますが、なんだか綺麗だったので、それを机の中にしまっておくことにしました。
 やがて、彼の前に可愛い少女が現れ、初めてのデートをすることになりました。デートの途中、彼女の携帯電話に友だちから電話がかかってきます。話をしている彼女を見ている彼の目に、何か光るものが留まりました。
 電話を終えた彼女に彼は「それ…」と言います。「これ? とても気に入っていたイヤリングがあったんだけど、片方落としてしまったの。でも、気に入っていたデザインだから残った方を捨てたくなくて、こうして携帯ストラップに取り付けているのよ」  そうです。その携帯マスコットは、彼が拾ったイヤリングの片方だったのです。「そのイヤリングなら、僕が大事に持っているよ」
 不思議な偶然に、二人は運命の出会いを感じたのでした。

 では、何かご質問がありましたらお答えいたします。漫画のことでもいいですし、プライベートな事でも聞いて下さってけっこうです。(質疑応答)

 実は司会進行なしで人前で話をするというのは初めての経験なので、いろいろとお聞き苦しいところがあったかも知れません。最後までお付き合いいただき、ホッとしております。では、本日はどうもありがとうございました。